日本でビジネスを行う前に商標出願をすべき理由
― 日本における先使用権のハードルと裁判例 ―
日本で商品・サービスを展開する際、「先に商標を使っていれば大丈夫」と考えることは危険です。
日本にも、他人の商標登録出願前から商標を使用していた者を一定範囲で保護する「先使用権」の制度があります。しかし、日本の先使用権は、単に「先に使用していた」というだけでは認められません。
日本では、他人の出願時に、その商標が自己の商品・サービスを表示するものとして「需要者の間に広く認識されていること」が必要です。長年使用していた、売上があった、店舗があったという事情だけで、直ちに先使用権が認められるわけではありません。
1. 日本の先使用権
日本商標法32条1項は、他人の商標登録出願前から、日本国内で、不正競争の目的なく、同一又は類似の商品・役務について同一又は類似の商標を使用していた場合であっても、その商標が出願時に需要者の間で広く認識されていることを要求しています。
したがって、次のような事情は重要ではあるものの、それだけで十分とは限りません。
- 他人より先に使用していたこと
- 長年営業していたこと
- 一定の売上や店舗数があったこと
- 広告宣伝を行っていたこと
- 取引先や顧客が存在していたこと
また、仮に先使用権が認められる場合でも、商標権者は混同防止のために適当な表示を付すよう求めることができます。先使用権は、万能の防御手段ではありません。
2. 「たこ焼工房」事件にみる日本の厳しさ
日本の先使用権が容易に認められないことを示す裁判例として、大阪地方裁判所令和3年4月26日判決があります。
この事件では、原告が「たこ焼工房」の商標権を有していました。一方、被告は、平成11年頃から「蛸焼工房」の表示を使用し、たこ焼き等を販売していました。
被告は、長年にわたり同標章を使用し、複数県で店舗展開を行い、年間売上も十数億円規模に達していました。また、来客数、広告宣伝、新聞・ラジオ・口コミ等の事情も主張されました。
しかし、裁判所は、被告の先使用権を認めませんでした。
裁判所は、たこ焼きという商品の性質や店舗の出店態様を踏まえ、被告標章が、愛知県及びその近隣県の需要者の多くに認識されていたかを検討しました。そのうえで、店舗数、商圏、広告宣伝の態様、メディア掲載の回数、口コミの状況等を総合考慮し、「需要者の間に広く認識されていた」とは認められないと判断しました。
この判決から分かる重要な点は、被告が小規模事業者ではなかったことです。長年の使用、複数県での店舗展開、相当程度の売上があっても、先使用権が否定される場合があります。
3. 実務上のポイント
日本で商標出願をしないままブランドを使用すると、次のようなリスクがあります。
- 他人に先に出願・登録されるリスク
- 商標権侵害を主張されるリスク
- 先使用権の主張が認められないリスク
- 商品名、店舗名、ロゴ、包装、ウェブサイト等の変更を迫られるリスク
- 損害賠償請求やライセンス交渉が必要となるリスク
特に、海外で既に使用しているブランドであっても、日本で商標登録を受けていなければ、日本国内で十分に保護されるとは限りません。
飲食店であれば第43類だけで十分とは限らず、テイクアウト商品、加工食品、冷凍食品、調味料、EC販売等への展開を踏まえ、第30類等の商品区分も検討する必要があります。
4. まとめ
日本では、商標を先に使用していたとしても、それだけで先使用権が認められるわけではありません。日本商標法32条1項は、出願時点で「需要者の間に広く認識されていること」を要求しており、この立証は容易ではありません。
日本では、先使用による防御に高いハードルがあります。そのため、日本でビジネスを行う場合には、ブランド公開前、販売開始前、展示会出展前、代理店交渉前、EC販売開始前に、商標調査・出願を行うことが重要です。
商標出願は、将来の紛争を防ぐためのコストであり、ブランドを守るための最初の投資です。
5. 弊所(MEVRO国際特許事務所)の支援体制
MEVRO国際特許事務所では、日本における商標調査、商標出願、指定商品・指定役務の選定、拒絶理由通知への対応、海外企業の日本進出に伴う商標戦略についてサポートしています。日本市場でブランド展開を予定している場合は、早い段階でご相談ください。
【参考】
日本商標法32条
大阪地方裁判所 令和3年4月26日判決(平成31年(ワ)第784号)
